2011/08/29 (Mon) 21:41
あぁ~、夏休み終了に間に合った!!(と言い張る。)
高3青春343パラレル。いつも以上にトロワが別人。まるで人間。いつも以上にやおい(ヤマなし・オチなし・意気地なし!)です。それでもいいよ~という方は<つづきはこちら>からDO-ZO★
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青春17切符
これはぼくのわがままなんだけど、とカトルが白い顔で切り出した瞬間、嫌な予感が毒のように体を巡った。いつもの踏み切り前、いつものように「さよなら」と言って別れて、また同じ毎日が繰り返されるはずなのに、
「別れてほしいんだ」
予感通りの言葉をカトルは吐いた。
「分かった」
ふられたのは俺なのに、俺がうなずいた瞬間、カトルの方が顔をゆがめた。上から力で押し付けられたようにがっくりとうなだれたカトルの目から、重力に逆らわず透明な滴がぽたぽたと零れた。夕日がカトルのむき出しのうなじを照らす。無防備なうなじを見ているとどうすることもできない罪悪感がじわじわとこみ上げてきた。
「ヤクザの子だよ、ぼくは。うまくいくはずがないよ」
そうカトルにも警告されていた。それでも手を伸ばしたのは俺だ。
俺のわがままが、カトルの涙になってアスファルトに小さなしみを作る。夏の太陽に照らされたアスファルトはすぐにささやかな水分を蒸発させてしまう。それでも、地面から目が離せずに二人して阿呆のように突っ立っていると、遮断機がカンカンカンと耳障りな警戒音を発しながらゆっくりと降りてきた。ほどなく列車が通り過ぎる。生暖かい突風と、体に突き刺さる轟音、オレンジの車体、それに乗っている見知らぬ人々、黒と黄色の棒。そんないつも見ているものが、俺を唐突にひどく揺さぶった。
「行くぞ」
カトルの手を引く。赤く潤んだ目元をゴシゴシとこすって、とまどった様子を見せながらもカトルは何も言わずについてきた。夏の夕日に不様に引き伸ばされた影が、足元から横断歩道まで大きく伸びている。
人が降りたばかりのプラットホームは空っぽだった。物理・数ⅢC・英語・化学・現国。進学校らしく夏休みとは名ばかりの補習地獄のおかげで、カバンにはぎっちりと教科書が入っている。砂袋のように重たいそれを俺は、駅のコインロッカーの中に入れた。財布だけを取り出し、ポケットに入れる。カトルが驚いて、
「どうするの?」
と訊いてきた。ただの衝動だ。どうするかなんて俺も知らない。
「駆け落ち」
真顔で言った冗談だったが、カトルはきちんと笑った。さっきまでの世界の終わりがやってきたような顔は消え去り、嬉しそうに俺のカバンの横に自分のカバンを詰めこむ。カバンから携帯電話を取り出す。相手はワンコールで出た。
「出掛けてきます。……いいえ。……なんで言わないといけないんですか。とにかくそういうことだから。あの人にはうまく言っておいてください。……知りませんよ、それは自分で考えてください。それじゃあよろしく」
相手がまだ喋っている声が聞えていたが、カトルは構わず通話を終了した。さらに、携帯電話の電源も切り、カバンの奥に押し込む。銀色の四角の中に閉じ込められた二つの黒いカバンはずんぐりと太った従順な犬のようだった。コインロッカーに鍵をかけると、カトルが嬉しそうに笑った。
「行こう」
今度はカトルが俺の手を引き、プラットホームへ行く。空はいつの間にか薄い群青になっていて、白熱灯が地下道の入り口を白々しく照らしている。どこへ行くあてもないまま二人でベンチに座り電車を待った。遠くで虫が鳴いている。
「夏は、夜。月のころはさらなり、闇もなお……」
つないだままの手からするりと汗が滴った。なんとなく見つめあい、深く口付けした。じりじりと背を焼く焦燥と、不思議な高揚と、孤独感。息があがった。風だけが通るプラットホームに二人で閉じ込められた気分だ。唇を離したら、もう完全な夜になっていた。
「日が暮れるのが早くなったね」
「補習ばかり受けている間に夏が終わりそうだ」
「気がつかなかったなぁ。なんだかもったいないね」
まばらに数人の乗客がやってきて、俺とカトルもなにくわぬ顔で電車に乗り込んだ。制服と財布だけになった体は軽かった。たったそれだけで気持ちも軽くなる。それはカトルも同じらしく、そっと擦り寄ってきた。
「トロワ、汗の匂いがする」
「……なら、離れろ」
「嫌だよ。トロワの匂い好きなんだ」
小声で喋るカトルがさらに声を落としてほとんど吐息だけで、こしょこしょと秘密を打ち明けるように耳元で囁いた。
「全部好き」
ゴーッと掃除機に吸い込まれるみたいにトンネルに入った。袋小路。そんな言葉がぽつんと頭に浮かんだ。
三時間ほど、電車に乗って適当に降りた。知らない駅名だったが、雰囲気はなんとなく俺たちの町に似ていた。
「どうしようか」
呟いたカトルを見る。野暮ったいほど真っ白な飾り気のないシャツに、黒いズボン。どうごまかしても制服にしか見えない。こんな格好ではホテルはおろか、カラオケにもネットカフェにも入れない。カトルも同じ事を考えていたらしい。
「十八歳未満って不便だよね」
「制服が不便なんだ。俺なら、私服になれば特にとがめられない」
「俺ならって部分を強調しないでよ。どうせぼくは童顔だよ!」
むくれてしまったカトルの背中を笑いながら叩く。
「歩くぞ」
「夜通し?」
「野宿してもいい」
「制服で? 蚊に刺されそうだし、野宿はちょっと嫌だな」
苦笑してカトルは歩き始めた。
「夜通し歩いて何駅までいけるかな。なんだかワクワクしてきた」
「金はないが、体力だけは充実している高校生にとって、自分の肉体を使うことは基本的且つ最適な手段だ」
「……ぼくはお金あるけどね」
「そんなことを言っているから、背が伸びないんだ」
「関係ないよ!」
途中、自転車で巡回中の警察官に声をかけられたが、俺たちは受験生で、友人の家で勉強をしているが、煮詰まってコンビニに買出しに行くついでに息抜きで散歩をしている、と言うとすんなり信じてくれた。たいして年も違わないような若い警察官は、頑張れよと言ってすいすいと自転車をこいで行ってしまった。詐欺師になれるよ、とカトルが真顔でほめてくれた。途中、コンビニでウーロン茶とおにぎりを買って食べた。夏休みだなぁ、とカトルが上機嫌で呟いた。受験生らしくアルファベットしりとりや、公式の言いあいをしたが、数時間前まで必死で頭に詰めこんでいたそんなものたちが、ガラスケースにつめこまれた剥製のように現実味を失っていた。馴染みのない町で、誰もいない夜道を二人で歩いていると、祭りにでも行くような自由な気分になった。
だらだらと歩きながら他愛もない話に夢中になっているうちに、あっと言う間に夏の夜空は白けて来た。
「あ!」
突然カトルが大きな声をあげた。
「何駅通過したか数えていなかった」
「後で調べて教えてやる。昨日降りた駅の名前と次に乗る駅の名前を覚えておけば」
「いいよ」
遮るようにカトルが言った。
「自分で調べるから、大丈夫」
ぎこちなく笑ったカトルを見て、俺は自分の失態にやっと気付いた。もう俺たちに「後で」なんてないんだった。朝の光が全てをさらけ出す。これは駆け落ちじゃない。家出だ。しかも帰りの切符を握り締めたままの。
「行こう」
カトルが俺の手を引く。朝の白い光の中でカトルは笑った。
耳の奥で甲高い音がした。血が沸騰して、胃に熱湯を注がれたような熱さが走った。狂暴ともいえる衝動が脳天までつき上がってきて、カトルを抱き寄せる。最後の境界線は越えてはいけない。そう約束していたはずなのに、いつの間にか俺は踏み込んでいた。警戒音は鳴らない。境界線なんてものは、本当はなくて、あったとしたら、それは曖昧で、水のようにしみこんでとりかえしのつかないところに俺を運んだ。手遅れだ。腕の中に収まるカトルの体、背中に回される手の感触、俺になじんでしみこんでしまったカトルの全てを忘れることなんてできない。俺はカトルにしがみつくように腕に力を込めた。
腕の中でカトルが震える感触に、俺は我に返った。トリップしていた。寝てない頭を左右に振る。
「すまない」
謝ったのに、泣いていると思ったカトルは笑っていた。こらえきれないというように、小さく肩を震わせている。ついに声をあげて笑い出し、すぐに滅多に見せない大笑いに発展した。
「何がおかしいんだ」
少しショックを受けて俺は訊いた。
「なんでだろう。なんだか笑えてきちゃって。最後にパニックをおこしてくれた君が見られて嬉しかったのかも。愛されてるなぁなんて」
まだ笑いを収められないカトルが目元を拭った。
始発に乗って、二人で少し寝た。乗客は少なく、電車の揺れは心地良く、冷房はひんやりと涼しかった。俺はカトルより少し早く目を覚ました。電車はいつの間にか街を抜けていた。車窓からひなびた田園風景が見える。目がよくなりそうな緑の水田が風でざわめく。それは夏の景色そのもので、青い空をバックに巨大な積乱雲が浮かんでいた。カトルは俺の肩に頭をあずけ眠っていた。白い頬、長いまつげ、柔らかい髪、カトルの重み。時間がとまればいいと本気で思った。
「海だ!」
一日中電車に揺られて、随分遠くへ来た。紅く染まり始めた空と海が見えたとき、ここが終着駅だと思った。プラットホームが一つしかないさびれた無人駅だった。
電車を降りると、まず体を伸ばした。海風が髪をなでる。空気が金色に染まっていた。見渡すもの全てが金色に光っている。眩しさに目を細めた。
「海に行こう」
海まで全力で走った。勉強机に縛り付けられていた体はなまっていた。久々の全力疾走は気持ちが良くて、二人でなぜか笑った。砂浜に降りるとすぐにはだしになった。砂は熱くなく、むしろひんやりと足の指の間に入った。絶え間なく一定の間隔で海の音が押し寄せる。
「水平線だ」
カトルの手をつかんだ。いい歳をして迷子になった気分だ。俺たちは現実を切り拓けるほど大人ではない。そして、現実に服従できるほど子供でもない。いつも次の一手が見つからなくて、哀しいほどに未完成だ。だが、今、この瞬間は隣にいる。
金色の世界が群青に侵食されていく。俺の中の言葉全てが眠ってしまったように、何も言えなかった。ずっと手をつないだまま夕日を見送った。
十七歳の夏が終わった。はっきりと分かった。
「さよならしよう。夏に」
つないだ手をほどけないまま、まるで儀式のように厳かに、俺たちは最後のキスをした。
唇を離したら、どこへ行けばいいのだろう。太陽が沈んで、海の音が一層うるさい。
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HN:
ケンタロー
性別:
女性
趣味:
読書
自己紹介:
再燃してかっとなってやった。後悔はしてない。
とにかくカトルが可愛すぎてたまらんしんぼうたまらん。
怖い人ではないので、お気軽に声かけてください。(中傷などは即消すけどね)
※期間限定ブログじゃなくしました。当面だらだら続けさせてください。
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